慈尊院とは?空海と母の絆が伝わる女人高野と九度山の由来を解説

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和歌山県九度山町にある慈尊院(じそんいん)は、高野山の表玄関ともいえる寺院です。

弘法大師空海が高野山を開いた際、母・玉依御前をこの地に迎え住まわせたと伝えられています。

そして、空海が月に九度母親に会いに通ったことから、「九度山」という地名になったという伝承も残されています。

この記事では、高野山生まれの観光バス運転手である私が、慈尊院の歴史や見どころ、空海と母の絆について紹介します。

慈尊院とは?

慈尊院は、弘法大師空海が高野山開創の際に建立した寺院です。

高野山はかつて女人禁制であったため、女性は山内に入ることができませんでした。

そこで、空海は母・玉依御前のために慈尊院を建立し、この地で暮らせるようにしたと伝えられています。

現在では「女人高野」として親しまれ、多くの参拝者が訪れています。

弘法大師空海と母・玉依御前の物語

空海は、高野山で修行や布教に励む一方で、母親をとても大切にしていました。

月に九度、高野山から慈尊院へ下り、母に会いに通ったという言い伝えがあります。

親を思う空海の優しさが伝わるエピソードとして、今も多くの人に語り継がれています。

九度山町の名前の由来とは?

九度山という地名は、空海が母に会うため月に九度この地を訪れたことに由来すると伝えられています。

諸説ありますが、親子の深い絆を感じさせる伝承として有名です。

現在の九度山町には、真田幸村ゆかりの史跡などもあり、多くの観光客が訪れています。

女人高野と呼ばれる理由

かつて高野山は女人禁制でした。

そのため、女性たちは慈尊院で祈りを捧げ、高野山参拝の代わりとしていました。

こうした歴史から、慈尊院は「女人高野」と呼ばれるようになりました。

世界遺産「町石道」の起点となる寺院

慈尊院は、世界遺産に登録されている町石道の起点でもあります。

ここから高野山大門まで約24kmの巡礼道が続いています。

180基の町石をたどりながら歩く町石道は、多くのハイカーや参拝者に人気があります。

町石道について詳しく知りたい方は、町石道とは?慈尊院から大門へ続く世界遺産の巡礼道を解説もご覧ください。

見どころ① 弥勒堂と多宝塔

境内には国宝の弥勒堂や、美しい多宝塔があります。

静かな境内には歴史と風格があり、ゆったりと参拝を楽しめます。

見どころ② 安産・子授けで知られる慈尊院

慈尊院は安産や子授けのご利益で知られています。

乳房をかたどった絵馬が奉納されていることでも有名で、女性を中心に多くの参拝者が訪れます。

高野山生まれの私がおすすめする回り方

私のおすすめは、まず慈尊院を参拝し、その後町石道を少し歩いてみることです。

時間があれば高野山へ向かい、金剛峯寺や奥之院を巡ると、高野山の歴史をより深く感じることができます。

宿坊に宿泊して、ゆっくり過ごすのもおすすめです。

まとめ

慈尊院は、空海と母・玉依御前の深い絆が今に伝わる寺院です。

「月に九度母に会いに通った」という伝承は、九度山町の名前の由来としても語り継がれています。

高野山を訪れる際には、ぜひ慈尊院にも足を運び、歴史と親子の絆に触れてみてはいかがでしょうか。

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